2020年11月2日

遺産分割の見直しについて

 本稿では、令和元年7月1日施行の改正民法における「遺産分割の見直し」に関連する以下の規定をご紹介いたします。

1 持戻し免除の意思表示の推定規定の創設
  遺産分割の対象となる相続財産の総額は、原則、相続開始時の財産の額+特別受益者が受けた遺贈又は贈与の額の総額となり、相続財産に特別受益者が受けた遺贈又は贈与の額を加えることを持戻しと言います。
  特別受益者とは、遺贈又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者であり、当該特別受益者の相続分は、民法900条から同902条までの規定により算定した相続分から特別受益分を控除した残額となります。
  一方、持戻しの免除の意思表示を行うと、相続開始時の財産の額に特別受益分を加えず、当該特別受益者の相続分は、民法900条から同902条までの規定により算定した相続分の中から特別受益分を控除しない額となります。
 今回の改正では、以下の要件を満たした場合、当該居住用不動産につき、上記持戻し免除の意思表示の推定がなされるとする規定が創設されました。
 A 婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し
 B その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたとき
 持戻し免除がない場合とある場合では、以下の通りの違いが生じます。
 【持戻し免除がない場合】
  例えば、相続人が配偶者X、子供Y・Zとして、遺産が居住用以外の不動産3000万円、預貯金3000万円、配偶者Xへの贈与:居住用不動産の4000万円だった場合、相続財産総額は、6000万円(相続開始時の財産)+4000万円(特別受益分)=1億円となり、配偶者Xの相続分は、1億円×1/2-4000万円=1000万円となります。この結果、配偶者Xが取得した財産は、4000万円(特別受益分)+1000万円(相続分)=5000万円となり、特別受益を受けずに相続した場合(1億円×1/2)と同額となります。
 【持戻し免除がある場合】
  相続財産総額は、居住用不動産を除いた6000万円のままで、配偶者Xの相続分は、6000万円×1/2=3000万円となりますので、配偶者Xの最終取得財産額は、4000万円(特別受益分)+3000万円(相続分)=7000万円となり、持戻し免除がない場合より、2000万円多く財産を取得できます。

 同規定が適用されるか否かにより、配偶者の相続分は変わりますので、生前贈与や遺言書作成を検討される場合は、専門家にご相談されることをお勧めいたします。

2 遺産分割前における預貯金の払戻し制度の創設等
  預貯金債権は遺産分割の対象に含まれるとの判断がなされ(最大決平28.12.19(民集70巻8号2121頁。以下「本決定」という。))、遺産分割までの間は、共同相続人全員の同意を得なければ預貯金の払戻しはできなくなりました。
 本決定前は、相続開始と同時に各共同相続人は自己に帰属した債権を単独で行使することができることとされていたので、葬儀費用の支払い、相続債務の弁済若しくは被相続人から扶養を受けていた共同相続人の当面の生活費の支出等、被相続人が有していた預貯金を遺産分割前に払い戻す必要がある場合に、各共同相続人が自己の持分につき、単独で払戻請求できていましたが、本決定後はそれができなくなりました。
 民法改正前、遺産分割前に預貯金を払い戻す方法として、家事事件手続法200条2項の仮分割の仮処分を活用することが可能でしたが、同項は共同相続人の「急迫の危険を防止」する必要がある場合という厳格な要件を課しているため、上記の資金需要に柔軟に対応することは困難であると考えられていました。
 そこで、共同相続人の上記の資金需要へ迅速に対応することを可能とするため、民法及び家事事件手続法の改正により、以下の方策を講じました。
A 家庭裁判所の判断を経ないで、預貯金の払戻しを認める方策
  各共同相続人は、遺産に関する預貯金債権のうち、以下の計算式で求められる額(ただし、同一の金融機関に対する権利行使は、法務省令で定める額(150万円)を限度とする。)については、他の共同相続人の同意がなくても単独で払戻しを請求することができる。
 【計算式】
  単独で払戻しを請求できる額=(相続開始時の預貯金債権の額)×1/3×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)
  例えば、相続人が配偶者X、子供Y・Zとして、甲銀行の普通預金口座に600万円、定期預金口座に300万円預金されていた場合、配偶者Xは、甲銀行の普通預金口座から600万円×1/3×1/2=100万円、定期預金口座から300万円×1/3×1/2=50万円の合計額150万円を払い戻すことができます。この場合、普通預金口座のみから150万円を払い戻すことはできません。
B 家事事件手続法の保全処分の要件を緩和する方策
  預貯金債権の仮分割の仮処分については、家事事件手続法200条2項の要件(事件の関係人の急迫の危険の防止の必要があること)を緩和し、家庭裁判所は、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があると認めるときは、他の共同相続人の利益を害しない限り、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができることとなりました。
  この仮処分を利用するには、遺産分割の調停又は審判の本案が家庭裁判所に係属していることが前提となりますので、ご注意ください。

3 一部分割
  遺産分割事件の早期解決に向けて、争いのない遺産については先行して一部分割を行うことは有益であり、実務でも同様の取扱いがなされていますが、法文上、明確でありませんでした。そこで、いかなる場合に一部分割をすることができるのかについて、以下の明文規定を設けられました。
 民法907条 共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
2 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる。ただし、遺産の一部を分割することにより他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合におけるその一部の分割については、この限りでない。
3 前項本文の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。

4 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の取扱い
   遺産分割は、一般に、相続開始時に存在し、かつ、遺産分割時にも現に存在する財産を共同相続人間において分配する手続であるとされており、処分や毀損・滅失により、遺産分割時に存在しない財産については、遺産分割の対象とはならないものと考えられていました。
   その結果、遺産分割前に相続財産の処分がなされたか否かで以下のような不公平が生じていました。
   【事例】
    相続人A、B(法定相続分1/2)
    遺産 預金1000万円 不動産400万円
    特別受益 Aに対して生前贈与1000万円
    遺産分割前にAが勝手に預金から500万円を払い戻した。
   【引出しがなかった(相続開始時と遺産分割時の財産が同額)場合の各相続人の相続分】
    A (1400万円+1000万円)×1/2-1000万円=200万円
    B 1400万円-200万円=1200万円
 【遺産分割時に存在しない(遺産分割前に相続財産の処分がなされた)財産については、遺産分割の対象としない場合】
    遺産分割時の財産 1400万円-500万円=900万円
    上記財産の各相続分での割り付け額
    A 900万円×200万円/(1200万円+200万円)≒129万円
    B 900万円×1200万円/(1200万円+200万円)≒771万円
    最終取得額
    A 1000万円+500万円+約129万円=約1629万円
    B 約771万円
   もっとも、判例及び実務(最一小昭和54.2.22家月32巻1号149頁、高松高判平11.1.8家月51巻7号44頁、福岡高裁那覇支判平13.4.26判時1764号76頁)においては、遺産分割時には存在しない財産であっても、共同相続人の全員がこれを遺産分割の対象に含める旨の合意をした場合には、例外的にこれを遺産分割の対象とする取扱いがされていたため、今回の民法改正では、従来の判例や実務の考え方を明文化しました。
   なお、共同相続人の一部の者が遺産分割前に相続財産を処分した場合、当該相続財産を遺産分割に含めるためには、相続財産を処分した相続人の合意は不要です。
   このように遺産分割前に処分された財産を遺産分割の対象とすることで、上記の事例において下記のような遺産分割を実現することができるようになりました。
  Aに(既に払い戻した)預金500万円を取得させる。
  Aは、Bに対して、代償金300万円を支払え。
  Bに、預金500万円及び不動産(400万円)を取得させる。
 この改正により、Aは、1000万円(特別受益分)+500万円(預金引出分)-300万円(代償金支払分)=1200万円、Bは、500万円(残預金)+400万円(不動産)+300万円(代償金支払分)=1200万円を取得することになり、公平な遺産分割を実現することができます。


参考資料 概説改正相続法 一般社団法人金融財政事情研究所



                                執筆者 司法書士 小原俊治

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